朱鷺の遺言
佐渡のトキ保護に尽くした佐藤春雄氏を中心に、
トキ保護センター職員でもあった高野高治氏、
最後のトキ「キン」の餌付けをした宇治金太郎氏など
地元の人々の地道な努力を綴る。
彼らのトキへの愛と、無念さが痛いほど感じられる。
佐藤氏が記したという日記の一文に涙が止められなくなった。
「トキと共に過ごした三五年間。すべてが楽しい思い出となった。
雪が降るとトキがきになる。その用ももうなくなった。」
キンの捕獲に迷いながらも自らの手で捕らえた宇治氏は、
キンの信頼を裏切った自分を責め、12年間毎月、
宇賀神社へ泊まり込みのお祈りを続けたという。
最後のお参りとなった昭和55年のある日、
78歳の同氏がいつもより軽々と593段の石段を登ることができた。
いつものようにキンの2世誕生と健康祈願をしていると11時ごろロウソクが消えた。
この溶けたロウの塊が松の木に止まるキンの姿にそっくりだったという。
本書にはそのロウの写真が収められており、確かに怖いくらいトキの姿に似ている。
宇治氏は臨終の床で「生まれた、生まれた」と大声で言ったのが最後の言葉だったそうだ。
この本を読んだ時、まだ日本のトキは生きていた。
トキ保護への情熱にうたれ、その現場を見てみたくなって佐渡へ行った。
宇賀神社の階段も登ってみた。
最後の1羽となった「キン」との対面は叶わぬまでも
「ここにキンが生きているのだ」と思ったものだった。
佐渡のトキは平成15年10月に日本の野生産最後のトキ「キン」が死亡、現在は中国から贈呈されたトキの飼育下での繁殖が進み、島内での放鳥が行われているという。